文字 - 正字法 -


シリア文字は、基本的に子音しか表わしません。そこでシリア語には、母音の目安を含め、いくつかの正字法が存在します。東方シリア語と西方シリア語では歴史的に発展が違いますので、正字法も若干異なります。面倒ではありますが、それがシリア語ってモンです。

なお、この正字法は結構ムズかしいお話です。初学者はかるく目を通すくらいにしておいて問題ありません。


母音の目安となる3子音


母音は、ālapyodwāw の3つの子音から、母音の存在をある程度量ることができます。ですが、コレだけではどんな母音発音になるか・・・あるいは子音になるか・・・ハッキリとは分かりません。

ālap
  • 語頭

ܐܪܥܐ arʻā / ܐܕܡ ādām / ܐܡܪ emar

  • 語尾

ܟܬܒܐ ktābā / ܔܒܪ̈ܐ gabrē

  • 声門閉鎖音

ܢܫܐܠ nešal

※語中では元来、neš'al と綴られますが、発音するときには声門閉鎖音「'」は落ちてしまいます。しかし、語中のālap には声門閉鎖音があること、覚えておきましょう。


yod
  • 子音[y

ܝܕܥ yādaʻ / ܡܠܝܐ malyā

  • 母音[iēê

ܣܝܡ sim / ܒܝܬ bēt / ܗܘܝܬ hwêt / ܥܕܬܐ ʻêdtā

※母音ê は、yod を伴って発音されることもあれば、伴わずに綴られる語もあります。

  • 語頭バージョン[iē

ܐܝܙܔܕܐ izgaddā

※語頭のālap-yod は必ず母音を作り、i ē のどちらかとなります。


wāw
  • 子音[w

ܘܠܐ wālē / ܝܘܡܐ yawmā

  • 母音[ou

ܝܘܡ yom / ܢܒܢܘܢ nebnon / ܩܘܡ qum
ܐܘܪܝܐ oryā / ܐܘܪܚܐ urḥā


母音表記法


くどいようですが、シリア語は子音だけ表記する言語です。ですが長い歴史の中、それでは正しい読み方なんて分からなくなってしまいます。そこで母音の表記法が生まれました。「ココ母音ありますよ」という、便利な記号です。ですが、これは発音体系の異なる東方シリア語と西方シリア語で全く違いますので、注意してください。

東方シリア語(ネストリアン体) ※文字はエストランゲロです(^ ^;

母音 シリア文字 発音
a ܗܲ ha
ā ܗܵ
e ܗ̤ he
ē ܗ̤ܝ
ê ܗܹ
i ܗܝ̣ hi
o ܗܘܿ ho
u ܗܘܼ hu

  • 二重母音awは首尾一貫してāw となります。

ܝܵܘܡܵܐ yāwmā


西方シリア語(ヤコバイト体) ※文字はエストランゲロです(^ ^;

母音 シリア文字 発音
a ܗܰ : ܬܱ ha
ā ܗܳ : ܬܴ
(正確な発音:ho)
e ܗܶ : ܬܷ he
i ܗܺܝ : ܬܻܝ hi
u ܗܽܘ : ܬܾܘ hu

  • 一般に母音符号は横長の文字の場合は上に、縦長の文字の場合は下に書かれる傾向にあります。ですが、それが決まりっていうことにはなっていません。
  • 西方シリア語の伝統ではもともと、o wāw の上に点を1つ打ち、u wāw の下に点を1つ打つものとして存在してました(要は、東方シリア語と同じ)。ですが、今では両方とも、uの音に統一されています。

(昔) ܢܩܘ̣ܡ nqum ⇒ (今) ܢܩܽܘܡ nqum
(昔) ܢܥܘ̇ܠ neʻʻol ⇒ (今) ܢܶܥܽܘܠ neʻʻul


他の正字法


上線・下線 ・・・音の同化・消滅。
  • 先行、または後続する文字に音が同化し、本来の音を失ってダブルを作ります。

ܡܕܝܢܬܐ mdintā ⇒ (正字) ܡܕܝܢ̄ܬܐ mdittā
ܐܙܠܬ ezlet ⇒ (正字) ܐܙܠ̱ܬ ezzet


  • 語頭のܐܗはしばしば音が消滅します。

ܐܚܪܝܐ aḥrāyā ⇒ (正字) ܐ̄ܚܪܝܐ ḥrāyā
ܗܘܐ hwā ⇒ (正字) ܗ̄ܘܐ 


Syāmē ・・・複数形の明示。
  • 複数名詞に対しては、すべて上に2つの点を付します。また、いくつかの女性複数動詞にも付す必要があります。これは一律、同形異義を示すためです。
    ただし、男性複数名詞のうち、絶対相と能動分詞は例外で、付す必要がありません。
  • Syāmē の点はどんな文字の上にも置けます。ですが語中にܪを含む場合、ܪの上の点と同化する傾向があります。  例) ܪ̈
    ܪを含まないときは普通、横長の文字の上に置かれます。
  • なお、Syāmē は他の正字法のルールと異なり、任意符号ではありません。文法上、必ずつけなくてはならないモノです。
    この符号がなくては、複数の名詞や形容詞などを、単数のそれと区別できなくなってしまうのです。

ܢܦܩ̈ܢ ܗ̄ܘ̣ܝ̈ ܢܫ̈ܐ ܫܦܝܪ̈ܬܐ
nāpqān-way neššē šappirātā
その美しい女性たちは出て行った。


同形異義の区別点
  • 動詞完了形・一人称単数⇒単語の上に1つの点を付します。
    動詞完了形・その他⇒単語の下に1つの点を付します。

ܢܦܩܬ̇ nepqet は出て行った。
ܢܦܩܬ̣ nepqat 彼女は出て行った。


  • 東方シリア語では若干の違いがあり、動詞完了形・三人称女性複数の場合に、語尾のܬの下に点を2つ付します。

ܢܦܩܬ̤ nepqat 彼女は出て行った。


  • 能動分詞の上には点を1つ付します。点は語中のどこでもOKです。

ܟ̇ܬܒ kāteb 書くこと。
ܟ̣ܬܒ nepqat 彼は書いた。


  • 以上の他にもシリア語は、同形異義語に非常に富んでいます。そのため、全く同じように綴られるが発音・意味の異なるという諸語を区別するため、さまざまな点があります。

ܗܘ̇ haw 「その」 ⇔ ܗܘ̣ hu 「彼」
ܡ̇ܠܟܐ malkā 「王」 ⇔ ܡ̣ܠܟܐ melkā 「会議」
ܡ̇ܢ man 「誰?」 ⇔ ܡ̣ܢ men 「~から」


子音のダブルとBEGADKEPATの摩擦音
  • シリア語の正字法には、アラビア語のshaddaのような子音のダブルを示す書法が存在しません。東方シリア語ではなんとか伝統的に保たれていて、現在の転写でも示されていますが、西方シリア語にいたっては真の子音のダブルと言えるものは遥か昔に失われてしまいました。
    とはいえ、ダブルの目安になるものはあります。それはBEGADKEPATの子音の摩擦音化、非摩擦音化を示す正字法です。摩擦音になる文字はダブルになることはない、という原則を応用するのです。

  • Quššāyā・・・西方シリア語では小さな点を、東方シリア語では小さな斜め線を、文字の上に置きます。これはBEGADKEPATの子音が閉鎖音、つまりダブルの可能性があることを示します。  例)ܒ̇

  • Rukkākā・・・西方シリア語では小さな点を、東方シリア語では小さな斜め線を、文字の下に置きます。これはBEGADKEPATの子音が摩擦音、つまりダブルはあり得ないことを示します。  例)ܒ̣

ܟ̇ܬ̣ܒ̣ kthabh 彼は書いた。
ܬ̇ܟ̣ܬ̇ܘܒ̣ tekhtobh 彼女は書く。


<コラム>正字法ってそもそも何?
正字法というのは、いわゆる記述の決まりゴトです。
日本の古典文学を勉強するとよく分かりますが、万葉集などでは「山」にいくつも書き方があって・・・というか決まりゴトがなくて、「山」「也末」「八万」「夜麻」「野朝」など、書く人によってさまざまです。これでは知らない人が読むと、何が何だかサッパリです。
だからこそ、正字法という決まりゴトを作って「山」に統一するわけですね。

ちょっと昔でも、「ゐる」「いる」だとか、「おほさか」「おおさか」、「おもふ」「おもう」などなど、いわゆる歴史的仮名づかいと現代仮名づかいが混同していました。それらは、1946年に「現代かなづかい」として統一する方向になりました。

シリア語も、そういった決まりゴトを作って言語を保とうとしてきたのですが・・・歴史上の発展の中、東と西のシリア語の違いは文字そのものを変えるほどで、もはや統一不可能だったので、今も正字法は東と西、大きく2つがあります。

「シリア文字」 「子音と母音」